from上海to東京

子育ての日々の断片を書き綴る

映画「おくりびと」を観た

samso2009-03-13

夜行バスは12時過ぎにようやく発車した。息子はしばらくカーテンの隙間から外を眺めていたが、いつの間にか寝ていた。席が狭く、よく眠ることができず、うつろうつろしている間に7時ごろ京都駅近くのバス停に着いた。息子を起こして、バスを降り、雨の中、京都駅の八条口に向かった。

駅の北側に抜ける通路を歩いていくと、駅の構内にパン屋があり、息子の希望でフランスパンを買い、隣にあったスープ屋でミネストローネを買って、朝食。それから駅の中央口を出て、京都タワービルにある地下の風呂屋に行った。まだ7時過ぎだというのに結構人がいた。最初は熱いと言って湯船に入らなかった息子だったが、時間が経つと慣れて少しお湯に浸かった。

風呂屋を出て、地下鉄で烏丸四条まで行って、新京極に向かった。息子がまだお腹が空いていると言うのでマクドに入った。ハッピーセットとコーヒーを注文。オモチャは、マダガスカル2のペンギンのスキッパーを選んだ。

前もって調べておいた映画館でドラえもんを見せようと映画館に行ったが、金曜日は11時半からだった。別の映画館に行くと、9時40分から「おくりびと」が始まるとあったので、嫌がる息子を説得して、映画館に入った。観客のほとんどがお年寄りだった。笑えるところが結構ある映画だった。山崎努さんの演技はすばらしい。ふぐの白子を吸うシーンがあったが、森田芳光監督の「家族ゲーム」で伊丹十三さんが目玉焼きの黄身をチュウチュウ吸うシーンがあったのを思い出した。本木雅弘さんの演技ももちろん良かったけど、裸になったときにちょっと筋肉質過ぎて、チェロ演奏家じゃないと思った。息子は「みない」と言いながら最後まで見ていた。映画を観終わると「みたくなかった」と言った。死者を見るのが怖かったんだろう。
「お昼何にする?」と聞くと「そば」と言うので、新京極を北に行って蕎麦屋に入った。私は暖かい蕎麦と穴子丼のセット、息子はざる蕎麦一人前をペロリと食べた。

お昼を食べてから、三条京阪に行き、大津に向かった。山科で京阪電車からJRに乗り換え、大津駅へ。大津駅に着いて、雨の中、ちょっと離れたホテル行きのシャトルバス乗り場まで歩いた。シャトルバスは1時間に1本しかなく、10分以上待って、バスに乗った。ホテルに着いたのは1時半過ぎ。すぐにチェックインできて、26階の部屋に案内された。部屋は、琵琶湖の南湖が一望でき、眺めは良かった。
 
 
部屋でくつろいでいると、2時半ごろ、新幹線で来た妻が到着した。部屋にいてもつまんないと言うので、雨の中タクシーで西部ショッピングセンターに行った。息子のチョッキとポケモンのオモチャを買うともうすることがなかった。妻がウインドウショッピングしている間、外に出てパルコに向かった。映画館があって、5時からドラえもんの「新・のび太の宇宙開拓史」が始まる予定だったので、息子一人で見るかどうか聞いてみた。最初は嫌がっていたが、一人で見ることに納得した。係りの人に尋ねると席まで連れて行っていいと言うので連れて行った。観客は誰もいなかった。息子を置いて席を離れるとき、一組の家族連れが入ってきた。
妻を呼んで、スターバックスでお茶をして、映画が終わるのを待った。7時前に映画館に戻って息子が出てくるのを待った。息子が走って出てきた。「どうだった?」「おもしろかった」「ドラえもんたちは何処に行ったの?」「コーヤコーヤせい」「そこでだれに会った?」「ロップル」。お腹が空いたと言うので、レストラン階に行って、息子に豚ラーメンを食べさせた。
7時半過ぎに友だちに会うことになっていて、電話をするとまだ場所を決めていないと言うのでパルコまで来てもらった。友だちに落ち合い、西武に戻って、串カツ屋に行った。息子はまだお腹が空いていたようで、肉ものの串カツをよく食べた。もう一人友だちが来ることになっていたが、送別会に参加しているとかでなかなか来なかった。9時過ぎになっても来なくて、妻と一緒に息子を帰らせようとするが、「パパのともだちにあいたい」となかなか帰ろうとしなかった。15分ほどねばってようやく妻とホテルに帰った。
友だちがなかなか来ないので、串カツ屋を出て、友だちがいる宴会場近くの居酒屋まで移動した。居酒屋で飲んでいると10時過ぎにようやくやってきた。店が閉まる11時まで飲んでいて、解散した。