from上海to東京

子育ての日々の断片を書き綴る

2回目の授業参観だった

samso2008-10-25

昨日、息子に「何時に行けばいいのか聞いてきた?」と尋ねた。「きいてきたよ。3じげんめからでいいんだって」。そう言っていたので、息子が7時頃起きてきても朝はゆっくりと過ごしていた。
「そうだ。弁当を作らないと」と、弁当のおかずの用意をしだした。「何時に学校に行く?」「8じ」「えっ、3時限目から行くっていったでしょ?。3時限が10時45分からでしょ」「1じげんめからいかないといけないんだよ」「昨日、○○が何時から学校に行けばいいのか先生に聞いてきてと言ったんだよ」。「いまなんじ?」「8時20分」「えっ、まだ8じだとおもってた」。「がっこうにいく」と言って息子はランドセルを背負って玄関に行った。「ちょっと待って」と言って、妻に友だちのママに電話させた。子どもたちはいつもの時刻に登校することになっているとのこと。慌てて着替えて、すでに外に出て行った息子を追いかけた。下にいた息子を自転車に乗せ、学校に向かった。学校に着いたのは8時半過ぎだった。校門付近はシーンとしていてもう始まっているようであった。
うちに戻って、弁当の用意を終わらせ、朝食を食べ、息子の頭を診てもらった医院に向かった。吉祥寺に着いてから、肝心の息子の健康保険証を持ってきていないことに気づいた。仕方なく、またバスに乗ってうちに戻った。まだ息子の授業参観に行っていなかった妻に「もう行ってきたの?」と聞かれた。息子の健康保険証をピックアップして、再び吉祥寺へ。隠忍に着いて、息子の健康保険証と「医療等の状況」を提出し、番号を呼ばれるのを待った。10分ぐらい経って、番号と名前を呼ばれた。返されたのは健康保険証だけ。「医療等の状況」のことを聞くと、「1週間かかります」。納得がいかなったが、仕方ない。また来週取りに来るしかない。
バスで戻ってきて、学校に近いバス停である市民文化会館前で降りた。「わたしたちが孤児だったころ」をもうすぐ読み終わるので、学校に行く途中にある図書館に寄って、カズオ・イシグロの本を借りようと思った。図書館のパソコンで検索し、書架の場所を見つけ、行ってみると1冊もなかった。貸し出し中ではなかったので、誰かがまとめて本を持って行って読んでいることのようだった。それで、どうしようかと迷いながら、久しぶりに村上春樹でも読んでみようかと思い、日本文学の書架に移動。ここも読んでいない本の「下」しかなかったりして、借りるのをやめようかと思ったが、「走ることについて語るときに僕の語ること」という本が目について、借りることにした。
11時過ぎに学校に着いた。息子のクラスに行くと、道徳の授業を受けていた。息子は、先生が言っていることを聞いていないようで、キョロキョロと後ろを振り向いていて、すぐに私を見つけた。その後も、授業が終わるまで、ずっーと落ち着かずにいた。休み時間になると出てきて、ふざけた。授業中の落ち着きなさを注意するが、効果なし。次の国語の授業でも後ろの子に話しかけたり、横の子とふざけたり。妻が友だちと一緒に食事に行くと言うので、一人で昼食を食べに戻った。
学校に置いてあった息子のペットボトル水槽のスジエビが全部死んでピンク色になっていたため、うちで飼っていたスジエビを虫かごに移し替え、学校に持って行った。息子の姿が見えなかったので、ペットボトル水槽とうちから持って行った虫かごを交換し、息子を捜した。息子が見つかり、ペットボトル水槽の水を捨てに行った。シンクに流すとき、すごい悪臭が漂った。流れ出たピンク色のエビをつまんで、教室のゴミ箱に持って行ったあと、手を匂うと臭かった。もう一度シンクに戻って手を洗った。

午後は、生物の授業。グループに分かれて、自分が飼っている生き物について発表するというものだった。席をグループごとに分け、子どもたちが発表を始めると教室から子どもたちの声が溢れた。先生が注意をするとしばらくは収まるが、またぐにうるさくなった。最後に各グループの代表が前に出て、発表することになった。息子たちのグループは第1グループで代表に選ばれた息子が立って、エビの飼育について発表をした。ちょっと声が小さかったが、まあまあの発表だった。このときまだ妻は昼食から帰ってきていなかった。授業が終わったらすぐに水泳教室に連れて行くから、ランドセルとかをうちに持って帰るように言っておいたにもかかわらず。授業が終わる5分前にようやく帰ってきた。
授業が終わっても、来週の連絡とかがあり、すぐに教室を出ることができなかった。息子の様子を見ていると、先生に早く帰りたいと訴えに行った。先生にいいよと言われたようで、走って出てきた。ランドセルや体操着だと持って帰るものを妻に預け、自転車で水泳教室に向かった。プールに入る時刻前に着いた。自転車を預けないといけないので、息子を教室前で降ろした。自転車置き場を探してみたが見つからず、教室に戻り、受付で自転車置き場の場所を尋ねた。
自転車を置いて、買い物に行ってから、水泳教室の見学コーナーの椅子に腰掛けた。今日は、検定と言っていたが、検定をやっているようには見えなかった。練習が終わったので、待合室で息子を待っていると、受付で名前を呼ばれた。「おめでとうございます。検定に合格しました。次からオレンジ帽になります」と言われ、オレンジ帽子を買わされた。
息子が出てきて、「ごうかくしたよ。アイスたべたい」。アイスクリームを食べさせてから、自転車置き場に行った。小雨が降っていた。図書館前まで行って、久しぶりに息子の絵本を借りに行った。閉館前でカウンターが混んでいた。大きな声がするので、待ち列からカウンターを覗くと小学生と受付の人がなにやらやりあっていた。小学生が図書カードを持たずに本を借りようとしていた。別の場所に移ってと係の人が言っても小学生は「いやだ」。何とか連れて行こうとすると、小学生がキレて、「もういい」と行って外に行ってしまった。係の人が追いかけて連れ戻してくると、母親が現れた。
うちに戻ったが、妻はまだ帰ってきていなかった。6時前に妻が帰ってきて、知り合いのPさんのうちに行った。Pさんの両親がアメリカから来ていて、ワインを飲みながら、歓談。妻がほとんどしゃべっていた。夕飯をいただいて、9時前に帰宅した。
「わたしたちが孤児だったころ」を読み終えた。おおむね納得のいく内容だったが、主人公が上海を再訪し、両親の行方を捜し始めるころから、主人公の性格が変わったように思えた。探偵らしくない行動をとる。一変して感情をむき出しにする。結膜を導くために仕方がなかったのか。運命に翻弄され、変わってしまう人たち。救いのない話だったのか。