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子育ての日々の断片を書き綴る

中学校の給食検討:単に保護者の負担軽減だけではダメ

武蔵野市中学校給食検討委員会「武蔵野市中学校給食検討委員会報告書」から。

中学校の完全給食(以下、「給食」に特に表記のない場合、「完全給食」を指す。)実施について、20数年前から教育委員会や市議会で議論されてきた。
昭和61 年3 月には、教育委員会に「武蔵野市立中学校給食検討委員会」が設置され、中学校の完全給食の実施と小学校給食の見直しについて検討が行われた。そこでは、中学校給食を、「子どもたちの食生活の将来を展望し、充実した健康教育を行う場」として位置づけ、「単独調理方式で、ランチルームを設置し、複数メニューの選択給食という条件が満たされるならば、中学校給食を実施する」という提言がなされ、それを受けた教育委員会では、当時の食文化の中での学校給食の是非を検討し、「中学校の完全給食は、教育的見地から考えて実施すべきではない」という結論を出した。
一方市議会では、平成4年6月、市と教育委員会に対して「弁当との選択方式を含めた中学校給食の実施を検討するよう求める」決議を可決した。また、その後の市の第三期長期計画では、「中学校給食の実施については、諸般の事情に十分考慮しながら慎重に対応する」と記述されたが実施には至らなかった。
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本市では、平成17 年10 月の市長選挙で、中学校給食実施が一つの争点となったことを契機に、市民の関心が再び高まった。市民の中学校給食への関心と食育の必要性という面から、教育委員会では中学校給食について改めて検討をするため、平成18 年7 月に「武蔵野市中学校給食検討委員会」を設置した。
そこで、本委員会では中学校給食の意義に関すること、中学校給食の実施方式及び実施時期についての検討をし、報告書にまとめ、提言として教育委員会に提出することになった。
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「食」は生きる上での基本であり、健康で豊かな人間性を育むためには、健全な食生活を実践することが必要である。また、地域や国の夢ある将来像は、子どもたちの心身の健全な発達を前提にしなければ描くことはできない。子どもたちの健やかな成長のためには、食生活のバランスと食育の充実及び適度な運動が不可欠となる。
かつての日本の地域社会では、家庭、学校、地域が協力しながら、それを実現することを大切にしていた。
ところが、社会の変化の速さと大きさが、食育に関する望ましい地域協力体制の効果を弱めてきてしまっている。社会変化は構造的であり、私たちの生活様式を変える影響力を持つものである。例えば、高度経済成長期に確立されてきた会社(職場)優先主義は、家庭の一家団欒の機会を奪い、かつて機能していた様々な家庭の役割を担えなくしてきた。今や多くの家庭の食卓は、対話としつけを図れる場ではなくなりつつある。
同時に進行してきた都市部への人口集中と核家族化は、伝統的食文化の伝承力を弱めることになった。年中行事にまつわる伝統的な食の多くは、都市部においては途絶えつつある。伝承の知恵から離れた小家族は、外食産業のメニューに慣れ親しんできた。多くのファストフードでは、子どもたちをリピーターにして親をも顧客にする戦略をとって拡大し、家庭の食の一角を占めていった。外食に続いて興隆してきたコンビニエンスストアは、子どもたちにとって便利な食卓代わりになってきている。また、近年、人気を集めている惣菜・中食産業は、働く親にとって手間を省ける家庭食になってきている。こうした、食の外部依存化の進行は、冷凍技術、食品保存技術、食品加工技術といった生産・流通システム上の技術革新や、円高による輸入食材の価格低下(流通のグローバル化)が背景になっている。
テレビでは、美味しさと簡便性を強調する食品企業のコマーシャルやバラエティ情報番組が、家庭の食に対して影響力を強めている。子どもの嗜好性を決定する要因として、情報によって操作された側面が強まっているという報告があり、軽視することはできない。
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14歳までの栄養摂取の状況が15歳以上に比べてよいのは、89.1%の小中学校で給食が実施されていること(平成17 年 文部科学省 学校給食実施状況等調査)によるところが大きいと考えられ、子どもたちの成長にとって給食が有効な役割を果たしていることがわかる。
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昭和29年6月に制定された「学校給食法」では、「学校給食の目標」は、その第2条に次のように掲げられている。
1) 日常生活における食事について、正しい理解と望ましい習慣を養うこと。
2) 学校生活を豊かにし、明るい社交性を養うこと。
3) 食生活の合理化、栄養の改善及び健康の増進を図ること。
4) 食糧の生産、配分及び消費について、正しい理解に導くこと。
戦後の食糧不足の時代に、児童及び生徒の心身の健全な発達と国民の食生活の改善に対処するために施行された「学校給食法」であるが、「目標」については、教育的諸要求や社会・経済の状況が変化した現代においても、その意義は薄れるものではない。
例えば、「日常生活における食事について、正しい理解と望ましい習慣を養うこと」では、朝食を食べない中学生の増加や、ファストフードを初めとする食の外部依存化の進行という課題への対応がある。また、「学校生活を豊かにし、明るい社交性を養うこと」については、子どもの豊かな人間関係づくりという課題への対応がある。さらに、「食生活の合理化、栄養の改善及び健康の増進を図ること」では、栄養バランスの偏りからの肥満化傾向及び生活習慣病の増加という課題や、若年ダイエットという課題への対応がある。そして、「食糧の生産、配分及び消費についての正しい理解に導くこと」については、食料自給率の低下や地産地消の推進という課題への対応などが挙げられる。
このように、現代の中学生を取り巻く社会や彼らの生活の状況を考えると、「学校給食法」における「目標」は、今でも意義あるものとして存在している。
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食生活の中心が家庭にあり、保護者が子どもの健康や成長を考えて食事や弁当を作ることは意義あることである。
平成18 年3 月に市立中学校の生徒、保護者、教職員を対象に行った「中学校給食の検討に関する予備調査」では、弁当の利点として、生徒、保護者では「内容や量を自由に選択できる」、「保護者の責任や子どもとの結びつき」などの項目が上位を占めており、弁当にこうした意義を見出していることが分かる。
同予備調査における、「完全給食の実施を望む」という回答率は、生徒41.3%、保護者63.2%と割合が最も高くなっている。これに「弁当と給食の選択方式」の回答を加えると、生徒の49.0%、保護者の80.2%となり、給食の実施を求める回答率が高いことが分かる。その一方で、弁当の持参についての項目では、「弁当を持ってくる」という回答が81.6%、「ときどき持ってこないことがある」の15.0%を併せて考えてみても、ほとんどの生徒が弁当をほぼ毎日持ってきていることが分かる。
この調査の結果から、毎日弁当を作っている保護者の中にも給食を実施してほしいと思っている者が多いことが伺える。また、弁当作りが家族のふれあいやコミュニケーションの一つの方法になっている家庭も多いと思われる。
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予備調査で、中学校給食を望む回答が多かったことは(1)で述べたとおりだが、その中で給食の利点の回答では、「保護者の負担軽減」「温かいものが食べられる」「栄養バランスがよい」「献立に変化がある」という項目が上位を占めた。
「保護者の負担軽減」という回答の中には、さきに述べた保護者が子どものために一生懸命弁当を作っている実態と、保護者の負担になっていると思っている子どもたちの姿があることが分かる。委員会の中では、保護者が負担に感じているという実態はしっかり受け止めなければならないが、給食を実施するからには、単に保護者の負担軽減ということではなく、食の大切さや食の基本が家庭にあることなどの、家庭の役割を啓発していく必要性があることが論じられた。
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中学校給食が実施されても、食の基本が家庭にあることは変わるものではない。むしろ給食によって家庭と学校が連携して中学生の食を考える契機にしなければならないことが議論され、いかに栄養バランスがよい給食を提供しても、それは1日の食事のうちの昼食分でしかなく、1日分の栄養素を満たすものではない。
家庭の朝食と夕食が充実して初めて中学生の心身を健全に発達させる食になることが前提であるという意見を初め、保護者の食への関心を高め意識改革を促していく必要性や、行政や学校からの家庭に対する啓発のあり方など数多くの意見が出された。