72年の沖縄返還で米側が払うとされた土地の原状回復補償費400万ドルを日本が肩代わりする密約が結ばれていた問題で、密約を裏付ける米公文書が見つかった00年、交渉の実務責任者だった外務省元アメリカ局長の吉野文六氏(87)が、当時の河野洋平外相(現衆院議長)から「密約の存在を否定するよう要請された」と、朝日新聞に証言した。また、「とにかく協定を批准させればいい、あとは野となれという気持ち」「意識的に記憶から消そうとした」などと、当時の心境について率直に述べた。
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00年に我部政明・琉球大教授と朝日新聞が入手した米公文書には、返還協定では米側が「自発的に支払う」とされた原状回復補償費400万ドルを日本政府が「確保する」と吉野氏が明言していることが記されている。吉野氏とスナイダー駐日米公使のサインがあった。
吉野氏によると、報道後に外務省の事務当局者から電話があり、「(報道に関して)問い合わせがあったら『密約はない』と否定してほしい」と頼まれた。河野元外相からも「密約は否定してください」と電話で要請され、了承したという。
その後記者会見した河野外相(当時)は「密約はない」と、歴代外相の答弁を繰り返した。
密約を裏付ける別の米公文書が発見された02年には、当時の川口外相が参院外交委員会で「河野元外相が吉野氏に直接確かめた」として、吉野氏の証言を根拠に密約を否定した。今回の新証言で、政府答弁の根拠が失われたことになる。
吉野氏は交渉当時の心境を「とにかく協定を批准させることが大事だった」と振り返った。その後は「意識的に記憶から消そうとした。その方が良心の呵責(かしゃく)を覚えなくてすむ」と述べた。
また、毎日新聞記者だった西山太吉氏(74)が当時、密約の存在を示唆する外務省の機密電文を女性職員を通じて入手、国家公務員法違反の疑いで逮捕された事件後「(国民の知る権利を訴えていた)メディアの流れが変わった」とし、「国会で何度もウソをついていたので個人的には助かった」と語った。
JMM『すり替えられた「国家犯罪」、沖縄密約から33年目の証言』。
1972年、沖縄返還協定で日米政府が結んだ「400万ドルの現状回復費を日本が肩代わりする」という密約を暴いた西山太吉さんは、国家機密を漏らしたとして情報を提供した外務省の女性事務官とともに国家公務員法違反で有罪となりました。国家権力と「知る権利」というテーマは、記者と事務官の男女関係にすり替えられました。密約を裏付ける米公文書が2000年と02年に発見されたのちも政府は一貫して密約の存在を認めていません。西山さんは今年4月、「外務省高官などの偽証によって名誉を傷つけられた」とし、国に賠償金を求める訴訟を起こしました。
33年間の沈黙を破って西山さんが再び国家の犯罪を問う決意をしたのは、嘘をつき続けている政府への怒りと、「この問題を放置していたらまた国の行方を左右する重要なことが国民に知らされないまま決められかねない」という強い危機感からでした。
西山さんは裁判で有罪となった当時の状況を語りながら、「自分は国家公務員法の唆し行為をしたとして逮捕されたが、記者の取材活動はすべて唆し行為である。相手の言いなりにその通りの報道をする者は新聞記者ではない」と述べ、「権力の秘密を追求し、市民に伝えていくのが最大の役割」だと、記者としての自分の立場を示しました。そして、「刑法に触れない限り、問題はない。倫理の問題は自分が反省をすべきである」と、情報を提供した女性との個人的な関係を興味本位に報じたマスコミによって、国家犯罪が個人のモラルの問題にすり替えられたことを厳しく批判しました。
日本の民主主義は上から与えられたものなので、西欧のように成熟した市民社会が確立していないことや、戦後のいびつな民主主義によってできた大衆社会で権力の情報操作が行われていることなどに言及しながら、「自分たちの違法性を隠すために権力がメディアを使って情報操作をしているという認識が、日本は低い。政府は密約の存在を否定した。国民に嘘をついたことが問題なのに、そのことを追及するメディアはない。市民の意識が低く、大衆社会であるため情報操作がしやすい。日本は危険な社会である。国家の組織犯罪が隠蔽されている。アメリカの機密文書で明らかになったのちも、政府は密約の存在を否定し続けている。これ以上の政治犯罪はないのに、メディアと市民社会は黙認している。こんなことはどんな資本主義国家でも、民主主義国家でもありえないことだ」と、嘘をつき続けている政府に対する怒りと、下からの突き上げがないために権力に見下されていることに気づかない国民に自覚を促しました。