from上海to東京

子育ての日々の断片を書き綴る

今森光彦講演会に行った

samso2010-11-06

早く目が覚めたが、もうちょっと思って寝ていて、起きたのは7時過ぎ。8時頃、息子が起きてきた。そのあと、妻が起きてきて朝ごはんを作って、三人で朝食。
食べたあと、ゲームをやり出したので、サッカーをやってくるように言って、外に行かせた。しばらくして外に行こうとしていると、息子が戻ってきた。
下の広場でしばらくサッカーボールで遊んでから、中央公園へ。風があまりなく、紙飛行機飛ばしにもってこいの天気だった。まだ草が濡れていて、ボールを転がすと草が付いた。20分ほど一対一ドリブルをやって、グランドで始まった小学生の試合をしばらく見た。ちょうど息子と同じような年齢の子たちがやっていた。見飽きると、またドリブルをやり、11時頃うちに戻った。
息子がN君に電話をして呼んだ。11時半頃、N君がやってきた。
一人で昼ごはんを食べ、息子たちを置いて、うちを出た。出かけていた妻に電話するが出ないので、メールを送信。駅に着く前に返事が来て、帰る途中だと。
1時過ぎに品川駅に到着。キヤノンSタワーに着いて、まだ時間があったので、『今森光彦写真展「地球いきものがたり」〜小さな生命に出逢う旅〜』を見に行った。10分ほど写真を眺めてから、講演会場の2階へ。1時半過ぎに講演が始まった。今森さんは写真を映さず、写真家になった経緯をしゃべり始めた。学生だった19歳のときに、カメラと5万円を持ってインドネシアに行った。空港に着いてすぐにお金全部をルピアに変えたら、札束でリュックが一杯になったと。それからちびちびお金を使って、スラウェシ島に4カ月間滞在した。それから写真を撮るようになったと。海外に行っても食べ物はほとんど現地のものを何でも食べると。ヒツジの脳みそも食べたと。その前に出される目玉は新鮮さを見せるだけで食べないのだが、ある写真がそれを知らずに食べて、野蛮だと云われたとか。今まで食べられなかったのはもてなしで出されたウンチが詰まった腸。そのあと出された肉も硬くて食べれずに寝たと。「世界昆虫記」を作るために海外に行っていたときは、マラリア防止の薬をずっと服用していて、そのうちドクターストップがかかって、しばらく海外に行くのを控えた。また、海外ではプライベートセスナーをよく利用したが、値切って乗ったセスナの操縦席をよく見ると計器が絵で描かれていたことがあった。またドアが開かずに乗れなかったこともあったとか。アマゾンの支流が蛇行している写真を見せながら、このときはセスナの燃料が半分になるギリギリまで飛んでいって帰ってきた。ヘリコプターに乗っていて、胴体が回って不時着したこともあって、できれば飛行機は乗りたくないと。マダガスカルの有名なバオバブの木の並木があるところは綺麗だけれど、その両脇が湿地帯で、マラリア蚊が一杯いるところ。カメレオンの写真を撮るために宿泊していた場所で寝苦しくて目が覚めたら、飼っていた数匹のカメレオンの目が一斉にこちらを向いていて、ぞっとしたとか、そのような話で、撮影技術に関する話はほとんどなかった。
 
 
 
講演が終わって、港南口辺りをちょっとウロウロしてから、帰宅。
息子が水泳教室から帰っていて、N君と遊んでいた。
6時半過ぎに妻が知り合いのFちゃん母子を伴って帰ってきた。