4時過ぎに目が醒め、トイレ。ベッドに戻るが、しばらく眠れなかった。
6時40分過ぎに起き、洗濯機を回して、生姜湯を飲み、着替えて、7時過ぎに散歩に出た。気温が17℃ぐらいで快適。
7時50分頃に帰ってきて、洗濯機を干し、魚肉ソーセージとスクランブルエッグとバナナとフルグラと牛乳で朝ご飯。
テレビを見ていて眠くなって、ベッドに寝に行った。
10時過ぎに息子が起きてきて、シャワーを浴び、大学に行った。
自画像の課題を提出するための準備をし、色鉛筆画をまた手を入れ始めた。
12時半過ぎに昼ご飯を食べ、自画像の課題を角筒に入れ、郵便局に行って、課題を郵送した。
帰ってきて、昼寝。
映画『リバイバル69 ~伝説のロックフェス~』を観に行くことにして、予約。
3時半過ぎにうちを出て、吉祥寺駅前へ。
2時50分頃にアップリンク吉祥寺に着いて、発券し、コーラーを買って、劇場に入ると、7割ほど席が埋まっていた。
映画『リバイバル69 ~伝説のロックフェス~』は思った以上に面白かった。1969年6月にカナダのトロントで開催した「トロント・ポップ・フェスティバル」を成功させて味を占めた22歳のプロモーターのジョン・ブラウワーが「トロント・ロックンロール・リバイバル」を企画する。チャック・ベリー、ジェリー・リー・ルイス、ボ・ディドリー、リトル・リチャードらロックンローラーの大御所の出演を獲得してチケットを販売するが、チケットは2千枚ほどしか売れなかった。ドアーズの出演も取り付け、ラジオ局に宣伝を頼みに行くが、応じてもらえなかった。窮地に陥ったブラウワーはロンドンにいるジョン・レノンに電話してなんとか出演の承諾を得て、ラジオ局に再度協力を行くが、信じてもらえず。ロサンゼルスのラジオ局に電話したら、信じて宣伝してくれて、アメリカ人の若者がどっとトロントにやってくることになった。ところが、ジョン・レノンは当日になってフェスに行かないと言い出した。ジョン・レノンが声をかけていたメンバーのエリック・クラプトンらがみんな空港に向かっていると言われ、やっと空港に向かった。フェスはロックンローラーの大御所たちのお陰で大盛り上がり。会場に到着したジョン・レノンは調子が悪く、ブラウワーにコークを注文する。ブラウワーがコークを持ってきたら、ドラッグのコークが欲しいと。ジョン・レノンはドラッグをやってから、「プラスティック・オノ・バンド」としてステージに上がった。観客に拍手喝采で迎えられるが、オノ・ヨーコがパフォーマンスを始め、観客にはあまり理解されないままステージを降りた。トリは、ドアーズだったが、ジム・モリソンが撮影禁止と言い出して、ドアーズのステージは出て来ないまま、映画は終わった。
5時半過ぎに映画が終わり、ロンロン市場で買い物をして、帰宅。息子は帰ってきていた。
豚肉のしゃぶしゃぶで夕飯。
シャワーを浴び、柿を食べ、ドラマ「ウーゼドム・ミステリー 罪深き母の捜査ファイル」を観始めた。