from上海to東京

子育ての日々の断片を書き綴る

Feeling of Knowingと快楽と不確実性

茂木健一郎さんの講演から(2)。

数学者のペンローズ(Roger Penrose)教授が「想像することは思い出すことに似ている」といった。新しい数学の定義を証明するときに、こういう感じかなと直感のようなものを持ったという。それが具体化するまでに時間がかかるわけだけど、最初に直感がある。モーツァルトが一瞬にしてシンフォニーを構想してしまったとよくいわれるが、瞬間に楽譜が最初から最後まで浮かんだわけじゃないと思う。
ある特定の感覚が生まれて、その感覚に寄り添って展開すれば、出てくる。あるときに感覚として捉えられているが、出てこないときがある。ペンローズ教授は、もう少しで証明できそうな数学の定理について考えているときの感覚が、ど忘れしてしまった知人の名前を思い出そうとしているときの感覚に似ているという。友達の名前を思い出そうとして、覚えていることは分かるが、出てこないときの感覚に似ているという。
この似ているという感覚が「Feeling of Knowing」。この感覚は前頭葉で作られることが分かっている。前頭葉で「Feeling of Knowing」ができ、側頭葉の休眠記憶が前頭葉のワーキングメモリに引き出されるが、これが失敗してしまう場合がある。本当は知らないが、知っている気がするという偽の「Feeling of Knowing」もある。また、本当は覚えているが、「Feeling of Knowing」自体が発生しない場合がある。
元がない創造なんかできる訳がない。創造というのは過去に記憶に蓄えられたものが変形したり、結びつきが変わったりして出てくるだけにすぎない。
モーツァルトなんかも子どものときからいろんな音楽を聴いてサンプリングしていたから、その膨大な記憶の中から創造できた。つまり、創造するということと、思い出すということはほとんど同じ。親戚。
若い人が創造的だというのは嘘。年寄りは、記憶はいっぱいあるが仮想ターゲットに向かって引き出す意欲を失うから創造的ではなくなる。意欲がある年寄りというのは最強の創造性を持っているといえる。
不確実性というか、何がどう起こるか分からないことに最も関与する脳の部位というのは、感情のシステム。ドーパミンという脳内の報酬を表現する物質が重要な関与をしている。ドーパミン細胞は、情動系と呼ばれる脳の感情のシステムにおいて中心的な役割を担っている。
脳の学習メカニズムというのは大きく分けて、教師あり学習と教師なし学習がある。教師あり学習は警戒が決まっていて、間違いを教えてくれる。一方で教師がない学習というのがあって、脳がそのときに警戒が分からないのにどうやって教えるかというと、脳内報酬物質であるドーパミンが出たときに、その前にやっている行動を強化するように、学習が進む。これを理論化するのは難しい。その因果関係はなかなか分からない。
あるレストランに行ったときにドーパミンが出たという場合、何が寄与したかを見つけるのは難しい。料理だったのか、一緒に行った人がよかったのか、その日の服だったのか、分からない。
快楽には、自己責任がある。数学者なんかはまだ解けていない数学の定理を考えるのが無上の快楽。どういうものがドーパミンの上流に来るかによって、その人の脳が変わってしまう。快楽というのは劇薬で、脳が変わる。
人間の場合、報酬系に対する働きかけが最も強いものの一つがコミュニケーション。他人との関係。アイコンタクト、目が合うだけで、ドーパミンが出るということが分かっている。
快楽を感じるためには不確実性というスパイスを必要とするということが分かっている。
この分野のもとは、ダニエル・カーネマンらが開拓した行動経済学。研究対象は、普通の意味の経済合理性では説明できないもの。人間は矛盾していて、不確実性があるような状況では、そのときにとる行動パターンは説明できない。人は不確実性下では合理的な判断をするとは限らない。
このような視点に立って、脳の感情の働きから、ダニエル・カーネマンらが進展させてきた行動経済学の成果を見直し、さらに発展させることを目指す神経経済学(Neuroeconomics)という新分野が最近提案され、注目を集めている。
アメリカ人はリスクテイキングビヘイビアが大好きだが、日本人はあまり好きじゃない。
英語では、「The First Penguin」という言葉があって、これは勇気を持って新しい分野にチャレンジする人のことを指す。生きるということは不確実性に満ちている。人生で大切なことほど、正解はない。重大なことほど、方程式では決まらない。そのときにどういう決断をするかということが我々にとっても重要。生物にとっての脳というのは一貫して、リスクテイキングという環境の中で進化してきた。
リスクがあってどう決断するかというようなときに、感情のシステムがフル回転するということが最近の知見で分かってきた。
ケンブリッジ大学のシュルツらが、サルのドーパミン細胞が不確実性自体を報酬として活動するということ発見した。
脳は不確実性の窓が開いてないと堪えられない。短期的な報酬の最適化をしてしまうとダメになるということが経験的に分かっている。確実な報酬をエクスプロイットするということと、未知の報酬をエクスプロアすること、この二つのバランスをいかにとるかということが最も重要であることが分かってきている。