from上海to東京

子育ての日々の断片を書き綴る

息子の花粉症が出てきた

6時時過ぎに起床。比較的暖かい朝だった。

朝ごはんを食べ、支度を終え、息子を起した。目を醒ました息子によく寝られたかを聞いた。昨夜の鼻うがいのお陰か、鼻がつまらずによく寝られたと。

起きて来て息子にすぐに鼻うがいをやるように促した。面倒くさそうに洗面所に行って、鼻うがいをした。

リビングにやってきて、くしゃみをして、鼻をかんだ。

外に出ると、雨が降ったようで、路面が濡れていた。曇り空だったが、寒くはなかった。

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午後になって、雨が降ってきた。

5時50分過ぎに会社を出た。雨は降っていなかったが、強い風が吹きつけてきて、寒かった。

7時前に帰宅すると、息子の友だちが三人来ていて、ゲームをやっていた。「解散」と言うと、三人は帰って行った。何で勉強をしないのかと聞くと、明日は、数学と音楽と美術だから、もう勉強をする必要がないと。

夕飯後も、息子はテレビとiPhoneを見ていて、まったく試験勉強をしようとしなかった。

スティーブ・ジョブズ-偶像復活」を読んでいる。

ピクサーを創ったのは、スティーブ・ジョブズだと思ってた。
アレックス・シュアーという富豪がCGでアニメを作ろうと思いつき、数百万ドルもするDEC VAXを買って、最先端のCG研究をやっていたエド・キャットルムに託した。そこへ、ゼロックスPARCで画像を作るソフトウェアを見てCGをやりたいと思ったアルビー・レイ・スミスがやってきて、コンピューターアニメションを作れるレベルになったが、アレックス・シュアーには映画を作る才能がなかった。
そのころ、「スター・ウォーズ」の第2作「帝国の逆襲」を制作していたジョージ・ルーカスがCGを作れる人材を求めていて、二人を誘った。でもまだCGを真剣に検討するレベルになっていないと考えていたルーカスは、二人にライトセーバーのビーコンを描くようなレベルの仕事しか与えなかった。
そんなところに「スタートレックⅡ カーンの逆襲」のあるシーンをCGで作るように指示が来た。それから細々とCGを作りながら、優秀なアニメーターを集めていたところに、ジョン・ラセターがやってきた。
ジョン・ラセターが参加したお陰でようやく短編アニメションが作れるようになったが、ジョージ。ルーカスがマルシアと離婚することになり、資産の半分をマルシアに渡さなければならず、キャッシュを消耗してばかりのCG部門を売却することになった。
アップルを追い出され、NeXTの開発にとりかかっていたスティーブ・ジョブズアラン・ケイから、ルーカスフィルムがCG部門を売りたがっていると聞いて、ジョージ・ルーカスに会いに行った。ディズニーやGMに売却する話もあったが、結局、ジョブズが買うことになった。ジョブズはCGのハードウェアとソフトウェアの会社を買ったつもりで、アニメーション映画を作ることには興味を持っていなかった。実際、ジョブズはハードウェアを売ろうとして販売組織を作ったが、ほとんど売れなかった。
ジョブズの意向に沿わず、アルビー、エド、ラセターらは短編のアニメを完成させ、それがオスカーにノミネートされた。
ジョブズはNeXTもピクサー資金流出が激しく、ジョブズピクサーの一部のメンバーをリストラ。アルビーの態度が気に入らないと罵倒したため、アルビーが辞めてしまった。
ラセターが作った短編アニメ「ティン・トイ」がオスカーを受賞してはしたが、ピクサーの先行きが風前の灯だったころ、ディズニーアニメが不振で、CGが真剣に検討されるようになり、ピクサーに声がかかった。
難航したが、ディズニーが資金を出し、ピクサーが長編アニメを制作することになった。ラセターは、「トイ・ストリー」を提案した。ディズニーは一度気に入ったが、スト-リーがイマイチと判断し、製作中になった。ラセターがストーリーを作りなおして、制作を再開した。
トイ・ストーリー」がある程度ヒットしてもディズニーとの契約上収益が限られたため、ジョブズは、ピクサーの財政状況が好転しそうもないと判断し、マイクロソフトなどのさまざまな企業に買収を打診していた。