from上海to東京

子育ての日々の断片を書き綴る

学校公開日だった

samso2014-10-04

6時半頃に起床。
一人で朝ごはん。
7時半になっても息子が起きて来ないので、起こしに行った。
何とか起きてきた息子は朝ごはんを食べ、8時15分過ぎに学校に行った。
9時10分過ぎに学校に行った。公開授業の1時間目は理科「気体の性質」。理科室に行くと、試験管に気体を集める実験をしていた。息子は実験を眺めているだけで、ウロウロしてお喋りをし、友だちのノートを写しているだけだった。2時間目は、英語「My Treasure」。自分の宝物を紹介するスピーチを順番にやる授業だった。宝物を持ってくるように言われていたようだが、息子は持ってくるを忘れ、バスケットボールの絵を描いた紙を見せて、スピーチ。声が小さく、自信がなさそうな話しぶりだった。3時間目は、国語「おとなになれなかった弟たちに」。米倉斉加年さんの文章を読み、その思いを読み取る授業。先生は何回も今日はいつもと違って静かで、授業が順調に進んだことを強調していた。妻は、Sさんと一緒に来て、英語の授業の時にちらっと見てだけで帰って行った。
12時前に帰宅し、妻がいなかったので、一人で昼ごはん。
授業の後、部活に行った息子が帰ってきたのは、1時半過ぎ。用意した昼ごはんをすぐに食べた。足りないから、後で友だちとマックに行くと。
2時半頃にうちを出て、病院に向かった。図書館に寄って、3時5分前に病院に到着。3時の予約だったが、診察室に呼ばれたのは3時40分頃だった。ピンを抜き取る手術日を決めた。今度は部分麻酔で10分程度で手術が終わり、すぐに帰れる。その日は、穴の空いた骨から出血があるから、できるだけ手を心臓より高く保つようにと。診察を終え、入院前の説明を受けた。強制的と思える署名の後、翌日も術後の確認のため、病院に来てと言われた。
待合室にいると、予約していたリハビリの人が来られた。遅いので見に来られたようだった。リハビリ室に行けたのは、4時50分頃だった。30分ほどリハビリを受け、病院を出られたのは5時20分頃だった。
妻に電話すると、吉祥寺の東急の近くにいると言うので、そこに向かった。駐輪場から出て、息子に電話して、すぐに来るように言った。妻に会って、近くの台湾料理店に行った。しばらく待って席についた。息子がなかなかやってこないので電話をしたがでなかった。料理が来てから息子から電話があり、迎えに出た。息子に会って、店に戻ると、好きなモノがないと言って、積極的に食べなかった。
店を出て、息子がニキビが気になるから、乳液が欲しいと言うので、ドラッグストアに行って、乳液と洗顔料を買った。
帰宅して、部屋を片付けるように言うと、「やる」と言ったが、なかなか進まず、12時を過ぎてもまだ終わっておらず、先に寝た。