from上海to東京

子育ての日々の断片を書き綴る

今日もEarth Day Tokyo 2012に行った

samso2012-04-22

6時過ぎに起きた。
8時過ぎになっても息子が起きてこないので、起こしに行った。何回も声をかけてようやく起きてきた。
朝ごはんを食べさせ、息子にやることはちゃんとやるように行って、うちを出た。
10時前に渋谷に着いて、アップリンクに向かった。近くに来て、まだ映画が始まるまで時間があったので、アップリンク近くのコーヒショップで休憩。
10時10分にアップリンクに着いて、映画『核の傷:肥田舜太郎医師と内部被曝』と『311以降を生きる:肥田舜太郎医師公園より』を見た。観客は20名ほど。

なぜ日本政府は、アメリカ政府と結託して、原爆による死亡者の数を隠そうとしたのでしょうか? 日本にとって、原爆は忘れ去りたい過去であり、敗戦の屈辱を思い出したくなかったからかもしれません。そしてなにより、被爆者の認定は、国の賠償責任にもつながる問題だったからでしょう。1945年に原爆が落とされてから、数千回もの核実験が世界で繰り返されてきました。そして、何千発もの核弾頭が、いつ爆発するか分からずに眠っています。何百という原子力発電所が稼動し、放射能を含んだゴミが、毎日、生まれています。

アメリカがABCC(原爆傷害調査委員会)を通じて、行った治療をまったく行わない原爆被害調査は犯罪行為に思える。
映画を見た後、代々木公園に向かった。「Earth Day Tokyo 2012」の会場に着いたのはちょうどお昼だったので、鹿肉キーマカレーを食べた。

それから、メインステージに行くと、「Anyango」さんのコンサートが始まった。ケニアのルオー族の伝統的な弦楽器ニャティティを奏でながら、アフリカっぽい曲を披露した。ケニヤの現状を訴える歌もあった。
 
 
コンサートの後、東田トモヒロ、加藤やえ、鎌田慧さんらが反原発をアピールした。
 

その後、けやき並木通りに行って、「エネルギーシフトパレード」に参加。去年と同じように渋谷駅前を通って、青山通り、表参道を経て、原宿へ。原宿駅前で離脱した。
 

三鷹駅に着くと、結構雨が降っていた。
帰宅すると、息子は寝室で友だち二人とトレーディングカードをやっていた。
5時過ぎに妻が吉祥寺に夕飯を食べに行こうというので、息子の友だちに帰ってもらい、バスで吉祥寺へ。
かに料理の店にした。息子は、蟹の酢の物、焼き蟹、蟹鍋、蟹の唐揚げ、蟹のしゃぶしゃぶのすべてよく食べた。

夕飯を食べてから、西友に行って、息子のズボンとパンツと靴下を買い、地下に降りて、食材を買って、帰宅。