from上海to東京

子育ての日々の断片を書き綴る

低線量放射線の影響はまだよくわかっていない

natureasia.com「チェルノブイリの遺産

事故現場からもっと遠い地域に住む人々は、どんな影響を受けたのだろうか? チェルノブイリ原発事故が最終的にヨーロッパ全域でどれだけの死者を出すのか推定するためにさまざまな研究が行われてきたが、その推定には数千人から数十万人まで幅がある3。現在、ヨーロッパ全体では、がんは死因の約1/4を占めているため、疫学者たちは、チェルノブイリ原発事故の広範にわたる影響を見つけ出すのはおそらく不可能だろうとみている。その上、そうしたつかみにくい数字にばかり注目していると、この事故が社会に与えたはるかに幅広い影響を見落としてしまうおそれがある。1991年のソ連崩壊で大きな打撃を受けたウクライナベラルーシでは、被曝への恐怖が長らくあとを引いていることが、人々に絶望感を抱かせる一因となっていると考えられている。絶望感は、アルコール依存症の発症率や喫煙率の高さと関連しており、これらは低線量被曝よりはるかに大きな健康被害をもたらす。
環境疫学研究センター(スペイン、バルセロナ)の放射線疫学者Elisabeth Cardisは、「こうした人々が受ける影響については、驚くほどわかっていないのです」と言う。「被曝のせいで死の宣告を受けていると思っている人もいます」。今後の研究で、チェルノブイリからの放射性物質が、比較的遠い地域に住む人々にはあまり影響を及ぼさなかったことを示す説得力ある証拠が得られるかもしれない。しかし、「調べてみないとわかりません」と、ストレンジウェイズ研究所(イギリス、ケンブリッジ)のがん研究者Dillwyn Williamsは言う。
チェルノブイリ事故による健康被害調査はいくつか行われていて、乳がんと心血管疾患の発生率がわずかに上昇していることがわかっている。しかし、これらの調査では、栄養、アルコール摂取、喫煙習慣などの交絡因子が適切に考慮されていない。また、チェルノブイリ事故後に被曝した両親から生まれた子どもに突然変異が増えていると主張する研究者もいるが4、平均するとはるかに被曝線量が多い日本の原爆被爆者の子どもたちでさえ、そのような遺伝的影響の存在を裏づける証拠はない。
つまり、チェルノブイリ事故が健康に及ぼす影響の全貌を理解するには、まだ大きな隔たりがある、とWilliamsは言う。これまでの研究が断片的であったことは、問題を悪化させている。「研究について、ヨーロッパレベルの調整ができていないのです」と彼は言う。
Williamsは、今こそ、チェルノブイリ健康被害研究所を設立する機会だと考えている。それには、原爆が引き起こす長期的な健康被害をモニターして大きな成果をあげている日本の放射線影響研究所(広島、長崎)が模範となるだろう。この2つの取り組みを合わせることで、原爆による1回だけの短期間の外部被曝と、チェルノブイリの事故後の長期にわたる低線量被曝との違いを明らかにすることができるだろう。かつては、長期にわたる低線量被曝による危険は、近距離での被曝による危険に比べてはるかに小さいと考えられていた。しかし、両者の危険にあまり差がない可能性を示唆する証拠が集まりはじめている5。このことが裏づけられれば、日常的に低線量放射線にさらされている人々は、これまで考えられていた以上に、健康に問題を生じる可能性が高いことになる。