from上海to東京

子育ての日々の断片を書き綴る

センテンスが言えるようになった

今日はあれが言えた。こんなことを言った。センテンスが言えるようになった。スプーンと箸を使って食べようとする。と、子どもの成長ぶりにママは驚く。
ファンファンの悪阻が始まったようだ。

タオ
何かを造りあげても威張らない。
成功しても、
その成果を自分のものにしない。
自分のものだと主張しないから
かえって人から忘れられない。そして
誰もその成果を
奪い取ろうとしないんだ。

無用な心配と餘計な欲をふりすてりゃあ
けっこう道はつくもんだ、
行き詰っても――。

ごたついた考えをほぐし、
利口な先走りを抑え、
世間で塵やゴミと見られるものと
一緒にされても、平気でいる。

突っ張って直立するものは
折れやすい。
自分を曲げて譲る人は、かえって
終わりまでやりとげる。
こづかれてあちこちするかに見える人は
自分なりの道を歩いている。
ぼろぼろになった古い物は、
それ自体、新しくなる寸前にあるんだし
窪んだ所は自然に
水の満ちるところになるのだ。同じように
ものをほとんど持たない人は、
持つ可能性に満ちているのだ。
沢山に物を持った人は、
ただ戸惑うばかりだ。

「怨み」というひとつの感情がなくなることだけでも
人は、
そしてこの世は、
どんなに落ち着いたものになることか。